我儘なんて、言ったら嫌われる

とでも思っているんじゃねぇだろうか。
千鶴は無欲だ。
俺に望むことなんてないのか、はたまた我慢してるのか。
後者であって欲しいもんだが。

「なぁ、千鶴。お前本当に何かないのか? 欲しいもんとかよ」
「何も。今のままで十分です」

控えめに微笑むその顔は確かに嘘じゃなさそうだ。
けどよ。

「もうすぐこの国を出ちまうんだぜ? 今のうちに言っとかねえと二度と手に入らねえかも知れねぇんだぜ?」

念を押して言うと、少し表情が迷った。
何だ、やっぱりあるんじゃねぇか。

「言ってみろって。な?」
「いえ……その」

躊躇う口は重く、中々願いを言葉にしてくれない。
思えばそれは昔からだ。
潔く、思慮深く、周りを気にする性格だからか。
我儘ひとつ言わない。

「俺は、お前の我儘ひとつも叶えられない甲斐性なしじゃねぇつもりだぜ」

そこまで言ってようやく、本当ですかなんて言いやがる。
笑って頷いてやると、千鶴はうつむき加減で。

「我儘なんて、言ったら嫌われるかと思って……怖かったんです」
「そんなことで嫌うと思われてたのかよ。ひでぇなあ」
「ご、ごめんなさい……」
「いいから、言ってみろ。何が欲しいんだ?」

そうしてようやく聞き出したのは、欲しいと思って手に入るものじゃなかった。
けれど、そのための努力はできる代物で。

「……じゃあ、その……励むか」

そう言うと、千鶴は酷く恥ずかしそうに頷いて。
小さな声で、さのすけさん、と俺を呼んだ。

可愛い愛しいお前の望みを、叶えてやりたいんだ。
ささやかでも暖かな幸福を、お前と二人で手に入れたいんだ。

我儘ひとつで嫌うような浅い想いは抱いちゃいねぇよ。