僕には君しかいないけれど

たとえば、君にはどうだったのかな。


「僕以外を選ぶことだって、出来たのにね」

深い森の奥でさえ、夜ほどには暗くならない昼の陰の中で、眠る君に呟いた。
鬼の身体が変若水を拒んでいるのか、それとも悪夢に魘されているのか、千鶴は苦しげに吐息を漏らす。
額に滲む汗に、髪が張り付いているのを、そっとよけた。

もしも。

どんなに切実に願ったとしても、叶わないのに、考えずにいられない。
もしも、君が僕を選ばなければ。

「こんなに、苦しまなくてよかったはずなのに」

僕は後悔していない。選んで、決めて、行動したのは僕自身だから。

だけど、君は?

聞きたいけど、知りたくない。
問いを声には出さなかった。

なのに、どうして。

「ごめんなさい……沖田さん。でも、私が苦しいのなんて、どうでも……いいんです」

薄く目を開けて、千鶴は無理やりに笑って見せた。
強がりなのか、本心か。辛いに決まっている癖に。

「沖田さん、が……後悔してない、なら……私」

後悔する理由がありません、だなんて。

「そういうの、屁理屈って言わない?」
「……気のせい、です」

まったく。どうして君は、こんな時まで僕を笑わせてくれるのかな。
励ますのも、気遣うのも、今は僕の番のはずだよね。
本気半分、軽口半分に言った。

「順番なんて、関係……ありません。したいときに、すること……ですから」

だから沖田さんも、少し休んで。
なんて言われて素直に頷けるわけないのに、君って子は。

「君が休んでくれれば、僕も少しは休むよ。約束する」

宥めるように微笑んだ僕に、ようやく気が緩んだのか。
千鶴は気を失うのと変わらない落ち方で、眠り込んだ。
肩に寄りかかる重みが、愛おしくて仕方ない。
さっきまでと違って穏やかな寝顔に、心底安堵した。

この辺りまで捜索の手が入るとは考えにくい、深い山の中。
道からも外れた獣道を選んで歩いてきたから、もし追っ手がかかっているとしても、しばらくは大丈夫だろう。

何より、薫はこの子を待っている。
そう簡単に殺させたくはないはずだ。
新政府軍に情報を伝えている可能性は、かなり低い。

そこまで考えて、理詰めは自分の得手じゃないと笑った。
もし誰かに見つかったら、その時は戦えばいいだけだ。
千鶴が一緒にいるのだから、負ける理由がない。

約束どおり少し眠ろうと目を閉じて、彼女に確かめる方法なんてないのに、と思う。

「ああ、でも……やっぱりバレちゃうんだろうな」

君は不思議と、僕の嘘には聡いから。
閉じた瞼の裏で、千鶴が頬を膨らませて怒る様子を描いた。

愛しくて、大切で、かけがえのない。
僕には君しかいないけれど。
あの頃も、今も。
君には他の道を選ぶことも出来る。

だけど、きっと君は僕を選ぶ。



そうだよね?