待たない。待てない。もうこれ以上。

婚儀の話を進めることに、あいつは酷く焦った。
遠慮なんだか嫌がってるんだか。
俺が不安になるのも知らずに、

「ちょっと待って。落ち着いてよ」

と、繰り返す。それがむかつく。
俺の傍にいることを選んだ癖に。
好きだって、言う癖に。

「なんでだよ……俺と一緒になるのが、そんなに嫌なのか」

分からない。お前の気持ちが。
通じ合ったはずなのに、不安で堪らない。
だから余計に、俺は確かな絆が欲しい。
言葉だけじゃない形が。
夫婦って誰にも間に入れない名目が。
なのに。

「だ、だって私まだ十七歳で、結婚とか、そんなの考えたことなかったし」
「前から言ってるだろ。お前の元居た場所がどうでも、こっちじゃお前くらいの年齢で結婚するのが当たり前だって。それともお前、わざわざ行き遅れ呼ばわりされたいのかよ?」
「そ、そういう訳でも、ないけど……」

俯いて、言い淀むのは。

「どうしてだ」

花が故郷より俺を選ぶくらいには、俺に惚れてる自信は、ある。
あるからこそ、余計に分からなくなる。
思わず、強く肩を掴んだ俺に、潤んだ瞳を向けて。
ようやく唇を震わせて、零した返答は。


「仲謀には、本当なら……身分に見合った結婚相手が必要なはず、でしょう」

身元も知れない、元とはいえ敵軍の軍師なんかより。
血筋と実力、それに後ろ盾や強みになりうる結婚が必要なんだと。
今にも泣き出しそうな癖して、理路整然と、客観的な意見を述べる。
馬鹿な女。

「だからどうした」
「だ、だから……私なんかを結婚相手に選んだら、また仲謀を侮る人だって出るかもしれなくて」
「そんなもの黙らせるに決まってるだろう。そんなに俺様の言うことが信じられねえのか?」

弾かれたように顔を上げ、瞬きを繰り返す。
かろうじて留まっていた涙が丸い頬を伝って落ちる。

「信じろよ。お前を、幸せにしてやるって言っただろ」

腰を屈めて、顎先へたどり着いた涙を、落ちる前に唇で受け止めた。
涙の跡を舌で遡り、目尻に口付けて、目を合わせると。

「仲、謀……」

今度こそ弾みなんかじゃなく、湧きだした涙がぼろぼろと零れ出した。
だけど、そこにある感情は悪いものじゃないとわかる。
花が泣きながら、心底嬉しそうに微笑むから。


「泣くな、馬鹿」
「ごめん」
「謝るなよ」
「う、ごめ」
「おい。わざとか?」
「ご、……」
「…………」


「と、とにかく! そんなことならお前の”でも”も”待って”も、もう聞かないからな!」

妙な気恥かしさに語調を強めて言いきって、俺は部屋を後にした。
あれ以上一緒にいたら、手を出さない自信がなかった、なんて。花には通じないんだろうが。
一度肩すかしを食らっている上に、婚儀まではと言ったのはあいつだ。

だから。

待たない。待てない。もうこれ以上。