見惚れてんじゃねえよ

あの時は、玄徳軍の使者だった。
故郷のものだという妙な装束姿で、あれはあれで悪くなかったが。

「お前はもうこの国の人間なんだから、こっちの装束にも慣れろよ」
「ご、ごめん。こんなに裾の長い服って着慣れなくて……」

裾を踏んで転んだ不器用な花に手を差し出して、助け起こす。
手には儀礼用の剣。
楽人の奏でる音を背に、俺はこいつに再び剣舞を教えていた。

未来の妻として迎えた女を改めて披露する宴は明日。
だと言うのに、花は以前それなりに舞えた物をすっかり忘れていやがったのだ。
まあ、多忙な時間を割いても一緒にいる名目が出来たのは、嬉しくないこともないが。

「ねえ、仲謀。もう一回、お手本見せてくれないかな? 見たら少しは思いだすかも知れないし」
「はあ? ……ったく、仕方ねぇな。これで思い出さなかったら怒るからな」

なんて言いながら、悪い気はしない。
ちょっとした事でも何でも、花が俺に願うことなら叶えてやる。
それに、花の視線が俺だけに向いているのは。
……悪くない。

「どうしたの? 顔、赤くない?」
「あ、赤くねぇよ! いいから、そこ座って見てろ!」

大人しく座ったのを気配で察すれば、息を整え、剣を構える。
舞い始めれば、思考は澄んでいく。
迷いはない。もう、何も迷う事は無い。

花はここに、俺の傍にいる。

一瞬、向かった視線にあいつの視線がかちあった。
浮かべた表情は、溶けるように柔らかい笑みで。
落ち着いていたはずなのに、顔に熱が集まるのがわかった。
剣を落とさなかったのは、身体に染みついた反射のなせる技だろう。危なかった。

「ぼけっと見惚れてんじゃねえよ! 思い出したのか、ほらやってみろ!!」
「あー……う、うん。あんまり自信ないけど」

半ば八つ当たり染みた語調の強さにも、あいつはもう怯えない。
自然に返して、剣を取る。

「……ってお前、否定しないのかよ。見惚れてたってとこ」
「しないよ? だって、舞っている時の仲謀すごくかっこいいから」
「なっ……!? お、お前、なんでそういう恥ずかしいことを平気で言えるんだよ」

熱い。あつい。顔が熱い。
俺は言えるわけがないのに。花の微笑む顔に見惚れた、なんて。

「思った事を口にしただけで、別に恥ずかしいこととか言ってないし」
「それが恥ずかしいっつってんだよ! 可愛すぎんだ、お前は」

楽人が席を外したことにも、気付く余裕なかった。
ただ、ただ花が堪らなく愛おしくて。

「お前の所為だ」

攫うように抱き寄せて、衝動のままに唇を重ねた。