「いつか後ろから刺されるわよ」
手の甲でごしごしと唇を拭い、秀麗はじとりと清雅を睨みつけた。
「やれるもんならやってみればいいさ。……言ったろ? 俺は結構強いぜ」
正面からそれを迎えて、愉快そうに口の端を釣り上げて笑う。
悪びれもしない、確信犯の傲慢さで答える清雅に、秀麗の眉が一層釣り上がる。
「女の敵って、あんたみたいなのを言うのね。きっと。勉強になったわ」
心にもない発言は、もちろん十割嫌味だ。
が、その程度で堪える清雅でないのも予想済み。
「へぇ……だったら、授業料を払ってもらわないとな」
組んでいた腕を解き、伸ばした手が秀麗の顎を掴んだ。
ぐい、と引かれたたらを踏む。一歩の距離。
清雅からも一歩近づけば、また、触れ合う寸前。
「何も減らないとは言ったけど、気分悪くなるからやめて頂戴」
冷えた、強い眼差しを覗き込んで、清雅は笑みを深める。
この女からこれほどまでの嫌悪の感情を引き出せるのは、おそらく自分だけだろう。
その優越感は、悪くない。
「はいそうですか、ってやめてやる義理はないな。俺がしたいからするだけだ」
続いたはずの不満は唇で塞いだ。
決して目を逸らさない。
清雅は、仕草だけは恋人にでもするように甘く啄ばむ。
僅かな震えを自力で押さえつけ、秀麗はその甘さを固く拒む。
「いつか刺されるわよ」
離れてしばらくして、ようやくそれだけ言うと、秀麗は見つけた資料を手に室を出た。
扉の向こうへ消える背を見送った顔に、凄絶な微笑が浮かぶ。
お前になら、刺されてやってもいいかもな。