俺を惚れさせてみな

「っつっても、無理に決まってるけどな」

玄徳からの使者だと言う、どうにも頼りなくて情けない表情をした女。
とんでもなく無知な部分と、ぎょっとするくらい鋭い部分とを併せ持つ、読めない女。
何度も嘲り、あるいは試すようなことをした。
とっとと泣いて玄徳の所へ逃げ帰ればいいものを、俺の言葉にいちいち突っかかってくる。
今だって、そうだ。

「そ、そもそも惚れさせるとか、そんなの狙うなんて変です。
 私は仲謀さん……様、に玄徳さんと同盟を結んでもらいたくて来てるだけですから、惚れられても困りますし」
「この俺様に惚れられて困るだぁ? 何様だてめぇ」
「ただの使者です! だから、惚れるとかそういうの関係無しに、話を聞いてもらいたいだけです!!」

尤もな発言。だが……否。だから、むかつく。生意気だ。
自分で言う事じゃないが、身分も見目も申し分ないこの俺様を前にして、まるっきり意識しない所も。
いや、別にこんな女に惚れられても迷惑なだけだろう。

「ほんっとに、生意気な女だな! 使者じゃなかったら叩き出してるとこだぜ」
「そもそも使者じゃなかったら仲謀、様と会う事もありませんでした」

ああ言えばこう言う。しかもそれがその通りなのも腹立たしい。
なんでこんなに気に障るんだ。こんな、しょぼい女の言動一つが。

「ああ、そうだったな。なら、とっとと話とやらをして出てってもらおうか」
「仲謀さん!」

投げやりに言った俺に、思いのほか強い声が返された。
うるせえ。そう声を上げようとして視線が合って、息を飲んだ。
真っ直ぐな眼差し。媚びも恐れもない。自分の信じる事を信じる、まっすぐな。

「男とか女とか関係ありません。私の事が嫌いでも構いません。
 でも、私情で使者の話を切り捨てるのはいいことですか? 違いますよね?」

意外と真面目な顔をしていれば凛々しく、見えなくもない女の顔。
長続きしないのは、そういう性格だとしか言いようがないだろう。
諭すような微笑みになって、子供扱いされたような気がした。
けれど、悔しいがこいつの言う通りでもあって。苦虫を噛み潰す心地で肯定する。

「ああ。……確かに、今は危うい情勢だからな」
「降伏してしまえば、揚州が戦場になることは避けられるかも知れません。
 だけど、それ以外にも可能性があるなら、聞いておいて損はしないでしょう?」

変な女。今までに、見たことも聞いたこともないくらい。訳がわからない。
興味を引かれた。

「聞いてやる。それをどう判断するかは、こっちで決める事だが」

今度は嘲りや試す意図なんか抜きに。
どんな事を言ってくるのか、楽しみとすら感じていた。

「俺を動かしてみろよ」

惚れさせてみろ、そう言った時より余程、俺は挑む様な顔をしていただろう。