自己に存在意義を見出せ

誰かを守る為にしか剣を抜けなかったのと同じように。
誰かの為に死ねないのなら、誰かの為に生きよう。

私を汚した、憎くも私を惹き付けて止まない、あの人の為に。


戦時の女の一人旅が、傍目にどれほど奇異に映ろうと構わない。
先を急ぐ必要もなくなった京への帰路を、私は殊更ゆっくりと歩んでいた。
甲州で敗走した旧幕府軍と、それを追う新政府軍の影も今は見えない。
彼らはまだ戦の最中。先を急いでいるからだろう。

新撰組含む旧幕府の勢力は、私の目から見て、もはや坂道を下るばかり。
一方の新政府はどうかと言えば、そちらもすぐに上りきってしまうように思える。
どうあれ、私がこの時勢に関わることなどもうないのだから、考えても意味はない。

私は、何か自分でもわからないまま、大きなものを失ってしまった。
立ち上がる力を振り絞らなければいけないくらいに、大きな何かを。

「大石さん」

思えば私は、あの人のことを何も知らない。
故郷や、家族や、あの人を作り上げた全てを。

ただ、死に憧れ、死を求め、己の歪んだ快楽の為に人を斬り続けてきたこと以外。
何一つ知らなかった。

例えば、あの人の死を知って泣いてくれる誰かがいるのか。
悼み、偲んでくれる誰かがいるのか。

正直に言ってしまえば、いないと思う。

優しさや愛情といった普通の人がごく普通に感じてきた幸福を知っていれば、あんな風にはならなかっただろう。


だから。
これは結局のところ、自己満足でしかないと知っているけれど。

「私だけは忘れない……忘れられるはずもない」

もしかしたら、あの人はどこかそれを望んでいたかも知れない。
思い違いでもいい。
そうだったなら、私の行動も、私の生にも、意義があると信じられる。

好きとか、愛とか。
そんな言葉にはとても出来ない複雑な感情を、私に残して。
私の記憶に、血の匂いと共に存在を刻み付けて。
逝ってしまった、残酷な人。


空虚になった心でさえ、死を選べない。
なら、せめて生きる理由が欲しかった。

「あなたは呆れるかも知れない。でも、もしかしたら喜ぶのかも知れない」

最後まで、あなたが分からないままだったけれど。



あなたが生きていたことを、この命ある限り、証明し続ける。

それが私の存在意義。