相当侵食されていると思う、心の奥の奥まで

冥界に変わらず注ぐ、か細い月光。
部屋の窓からそれを見上げて、蘇芳は小さくため息を吐いた。

争いながら、競い合いながら、妖怪たちは冥界で自由に生きられるようになった。
まだ、手の届いていないところもあるが、おおむね形態は整ったと言える。

「……四ヶ月も掛けたんだから、当然だよな」

呟きに、どことなく寂しげな笑みが浮かんだ。

四ヶ月。牛魔王に冥界を託されてからか。
……否。
彼の脳裏に浮かぶのは、地上に残した恋人の泣き顔だった。

「玄奘」

名前を呼ぶだけで、締め付けられるように胸が痛む。
一人、物思いに耽る時だけでなく、妖怪たちと話しているときにまで。

 ―あなたがそんな調子でどうするのですか!
ちょっと頭の固い彼女に叱られる様子が、
 ―私も、そう思います。
いつでも真っ直ぐな彼女の真剣な表情が、
 ―それでいいのですか!?
素直な彼女の目を丸くして驚く顔が、
 ―あなたらしいですね。
彼女の可憐な微笑みが、鮮やかに浮かぶ。

「どんだけ餓えてんだよ」

自嘲してみたところで、求める心を誤魔化すことも出来ない程。

触れた手の温もりを、抱きしめた身体の柔らかさを、重ねた唇の甘さを。
名を呼ぶ声を、飴色の瞳を、玄奘と言う存在を欲している。

「オレの理性が足りないわけじゃない」

誰にともなく言い訳して、ふと口元を綻ばせた。
月に例えるには自己主張が強くて、眩しすぎる彼女。
地上の、青空がきっと誰より似合う人。

「……あんたが中毒性ありすぎるんだ」

今度ははっきりと、彼らしいとも言える強気な笑みを浮かべた。


会いに行ける。

会いに行こう。


冥界の代表なんて、なんだかんだ言って人間のオレがやるべきじゃないと思った。
それでも、妖怪たちがオレを選んでくれたのなら、応えようと思うのは当然のこと。

だけど、それとは別に、心のどこかで幸運だと思ったのも本当。

話し合いに行くってことは、地上に行くってこと。
地上には、玄奘がいる。
会えるかもしれないと、すぐに考えた。

しれない、なんかじゃなく。会いに行く。

どんな顔をするだろう。
驚くか、泣くか、笑ってくれるかな。

一途で頑固で、泣き虫な。
現実の彼女を思うだけで、心臓がうるさいくらいに騒ぎ出した。
現金なもので、ほんの少し前は切なく痛んでいたくせに。
今はもう、嬉しい嬉しいって跳ねてるんだから。

自分でも笑っちゃうくらい。
相当侵食されていると思う、心の奥の奥まで。