恋愛対象というものは

意識した時には、既にただの対象ではなくなっていると思う。

気付かなければよかった。
あの方の思いに、それとも、自分の気持ちにだろうか。

「妖怪と言っても、本当に人と変わらないのですね」

納得よりも、もっと好意的に笑いながら、彼女は言った。

「ああ。住む場所が違えば習慣も違うってくらいには、同じだな」

蘇芳様が楽しそうに答える。
姉さまが周辺の警戒をしていて、ぼくは二人の護衛に残っている。

「人間同士でも、無条件に受け入れられることは少ないものですし……種族が違えば尚更、難しいのでしょうね」

驚くほど無垢で、呆れるほどに純粋で。
優しすぎる女の子は、焚き火を見つめる飴色の瞳を寂しげに伏せた。
その横顔が、放っておけない気にさせる。

そう思ったのはぼくだけじゃなかった。

「あんたがそんな顔してどうすんのさ。らしくないね」

からかうような口調だけど、蘇芳様の目には恋情が見え隠れする。

「諦める気、ないんだろ?」
「それはもちろんです」

焚き火を遮るように顔を覗き込んで、蘇芳様が不敵に笑えば、彼女も強く視線を返す。
どうやら恋愛方面には疎いらしい三蔵さんの目にも、蘇芳様への好意が見える。
気付かない振りなのか、無自覚なのかはわからないけど。
ぼくが見ている限り、二人は相思相愛で。

「お二人とも、そろそろお休みになってはいかがです? まだ先は長いんですから〜」

いつもの笑顔を作って促すと、まずは蘇芳様が寝る体勢に入る。

「そうだな。じゃあ、銀閣。後はよろしく」

木の幹に背中を預けて足を伸ばし、外套を毛布に被る。
それを見てから、三蔵さんは外套を敷いて、火に背を向けて丸くなる。

「すみません。それでは……お休みなさい。蘇芳、銀閣」
「おやすみ」
「はい。おやすみなさい」

明るすぎないように、寒くならないように、火を調節した。
虫の声と、遠くからは獣の声。時折焚き火が爆ぜる音。
あとは静かな、二人の寝息。

旅慣れているからか、疲れている所為か。
どちらにしても、すぐに眠れるのはいいことだろう。

見れば見るほど、三蔵法師らしからぬ、小さな背中。
呼吸に合わせてゆるく動く度に、その命を守りたいという思いが育つ。


あーあ。
ぼくも、もっと鈍ければよかったのに。


例えば、蘇芳様が彼女を好きだってことに気付かないくらい。
三蔵さんが蘇芳様に恋したことに、気付かないくらい。
自分が彼女を恋愛対象と見ていることにも気付かないくらい。

でも、もう遅い。
恋愛なんてものは、意識した時、既に手遅れで。



「ありがちですよね……」

自覚した瞬間、失恋するとか。