どうにかなってしまいそうだ

憎くてたまらない、私の哀しみの元凶だと言うのに。

「二郎真君。こんにちは、また降りていらしたんですね」

どうして君は、そんなにも柔らかに微笑むのだろうか。


今は悟空と呼ばれるあの男が、三蔵法師の旅に同行し始めてから。
私は時折、その様子を見に地上に降りている。
そうして当然のように、三蔵法師……かつて金蝉子だった人間とも顔を合わせた。

彼女さえいなければよかった。
そう思ってしまう瞬間は幾度もあった。
顔を合わせ、言葉を交わすほどに、驚くほど同じ事を思う三蔵法師に殺意を抱いた。
最初のうちは、あの男への復讐という強い思いが、その殺意を押し留めた。
今殺してはつまらない。
ただ、それだけだった。


「二郎真君? その、失礼でしたら申し訳ありません」
「うん? なにかな」

彼女が何を言っても、何も言わなくても気分を害するのだから、気にすることは何もない。
言葉の続きを促した私の顔を真っ直ぐに見つめて、口を開いた。

「もしかして……お疲れなのではありませんか?」
「……どうして?」

天界の仙人の体調を心配するとは、夢にも思わなかった。
一瞬の間があって、質問に答えないまま聞き返すと、彼女は琥珀の瞳をわずかに伏せた。

「なんとなく、なのですが……少し、ぼぅっとなさっているようでしたので。やはり地上の空気は、天界の方には合わないのではないかと……」

もし、そうだとして人間に何ができると言うのか。
ほんの僅か、呆れというか、苦笑というか、そんな表情を浮かべた。

「もしそうでしたら、街中にいらっしゃるのは避けた方が良いかと。その、余計なことかも知れませんが……」

本心から心配、というのもおこがましいものだが、する彼女に、私は笑みを見せる。
まったくもってその通り、だけれど、どうして悪い気がしないのか。

「私を気遣ってくれるのだね。ありがとう」
「い、いえ、そんな……私には何もお返しできないので……」
「……返す?」

心なしか頬を赤らめた少女の言葉に、思い当たるものがなくて聞き返した。
よほど面倒がられているものと思っていたから。

「二郎真君にお会いして、お話できると……いつも心が軽くなるのです」

純粋無垢な微笑み。
真っ直ぐで、清らかで、あたたかい。

「……そう。それは、私も君に会いに来る甲斐があるね」
「あ、ありがとうございます。ですから……どうか、ご無理はなさらないでくださいね」
「ああ。気をつけるよ」

それじゃあ、またね。

からかう余裕も、何もなかった。
今すぐ離れなければ何をしてしまうか、私自身にもわからなかった。

玄奘から向けられる歪みない好意。
今すぐ殺してしまおうかと思ったのに。
同じくらい愛しくて、今すぐ抱きしめてさらってしまいたいとも思った。

決して相容れない、真逆の感情が鬩ぎあう。


憎くて、壊したくて、愛おしくてたまらなくて。
もう、どうにかなってしまいそうだ。