(されても構わなかったのに)

蘇芳の触れた場所が熱い。
重ねた唇を思い出し、そっと指でなぞる。
じんとしびれるような感覚と同時に、身体の奥で何かが疼く。
知らない熱さが恐ろしくて、玄奘はぱっと手を離す。

つい先程、再会したばかりの愛しい人は、彼女の恐れを感じ取ってくれたのだろう。

蘇芳と触れ合うことは、正直に言ってしまえば好きだ。
彼の温もりも、優しい触れ方も、伝わってくる愛情も、全てが玄奘に喜びを与えてくれるものだから。
けれど。

「……嫌ではないのに」

緩んだ襟元をきゅっと掴む。
白い肌に、くっきりと刻まれた赤い痕が、その瞬間の自分の感覚が、怖い。



思わず零れた、高い、甘い声。
ぞくぞくと、背筋を走る未知の感覚。

「かわいいよ、玄奘」

目を細めて笑う顔が、妖艶で、寒くもないのに震えが止まらない。
頬を撫でる手までも、これまでと違う感覚を引き出す。
吐息が熱くなる。

「あ、蘇芳……い、いや。ダメ、です」

悲しいわけでなく、涙が零れて、蘇芳の手が止まった。

「……オレに触られるのは、嫌?」
「違います、けど……でも」

何をどう言えばいいかも分からない。
言葉に詰まった玄奘に、ふと蘇芳が微笑む。

「わかった。ま、オレも無理強いしたいわけじゃないからね」

柔らかく優しい手付きで、宥めるように髪を撫でて、蘇芳は寝台を下りた。
安堵と落胆を同時に感じて戸惑いながら、視線で背中を追う。

「少し、頭冷やしてくる。あ、すぐ戻るから追いかけてきちゃダメだよ。いい子で待ってること」

愛嬌と色気を滲ませる、蘇芳らしい表情で片目を瞑って見せておいて、扉を閉ざした。



それは、いつも玄奘を振り回して動揺させていた蘇芳らしいのか、らしくないのか。
今の玄奘には判断がつかない。

あの感覚が、怖いのは確かだ。
けれど、その先が想像できないほど無知なわけでもない。
他の誰かと、などは考えられないが、蘇芳とならば、くらいは思っていた。

だから。

「……教えてくれれば、いいのに」

甘く呟いた言葉を、扉の向こうで彼が聞いているなんて、もちろん思いもしなかった。