もう戻れない場所を想う

月が白く輝いて、魔界に朝を告げる頃。リュカは、今朝に限って妙な気だるさを感じながら目を覚ました。
顔を洗い、水を一杯飲んだところでようやく思い出す。

「あ〜、そっか〜……昨夜〜、あの子を仲間に〜……したんだっけ〜」

赤月の晩には奇跡が起きる。
だから、愛しい人間の少女を仲間にした。

と考えたところで、リュカは気付く。

「あれ〜? 今日は〜、お寝坊さん……なのかな〜?」

いつもならば、とっくに朝食のいい匂いがする頃合いなのに、キッチンに火が入った気配もない。

魔族になったばかりで調子が悪いのではないか。心配になったリュカは、少女の部屋へ向かった。


ドアをノックしてから開ける。返事を待たないのはいつもの事だ。
室内を見回すまでもなく、少女はベッドに横たわっていた。
穏やかな寝息をたてていることに安堵し、リュカは踵を返した。
床が軋む音に目を覚ました少女は、ぼんやりと体を起こし、リュカを見つめる。

「あ〜、おはよ〜」
「……おはよう」

作り物じみた微笑を浮かべた少女に、リュカの胸がチクリと痛んだ。
昼の月に照らされる瑞々しく可憐な花のようだった少女は、昨日までと何一つ変わらない姿形のまま、よく出来た造花になってしまったようで。
その心を奪ったのは、確かに夜の自分が望んだことなのに。見られなくなって初めて、どれだけ好きだったかわかってしまった。

「……くるみ」

衝動的に、その華奢な身体を抱きしめても、少女はもう笑いながら叱ってくれない。
リュカが願えば、今までのように料理を作ってくれるだろう。けれど、あの優しい時間は戻ってこない。

「……ごめん、ね……」

そっと唇を触れ合わせて呟いた。



好き、って……こういう気持ちのことだったのかな。