君の熱が足りない

心地よい気だるさに身を委ねて、土方はまどろみながら、隣にあるはずの温もりに手を伸ばした。
が、その手に触れる肌はなく、敷布の上を数度彷徨う。
あると思ったものがない。それは土方に不快な気分をもたらした。

「……千鶴」
何処へ行ったかと、渋々身を起こして薄暗い室内を見やる。 と、土方の洋装の羽織を肩に掛けただけの姿で、窓辺に立つ少女が振り向いた。 しんと冷えた静寂の中では、衣擦れの音がやけに響く。
「あ、土方さん……起こしちゃいましたか?」
すみません。と本気で申し訳無さそうに、微笑む顔が、常よりも一層白い。 よくよく見れば、室内だと言うのに吐く息まで薄く白んでいる。
「んなこたぁいい。それよりお前、何してやがった」
こっちへ来い、と手招きながら問うと、千鶴はほんのり頬を赤らめた。 促されるままに寝台に座り、窓の方へ視線を向ける。
「雪を、見てたんです。ずっと、ずっと落ちてくる様が、とても綺麗で」
嬉しそうに話す千鶴の肩を、抱き寄せた土方は、その冷たさに顔を顰めた。 ずっと、本当に長いことそうして立ち尽くしていたのだろう。
「冷え切ってるじゃねぇか。ったく」
羽織を掻き合わせる指先に視線を落とせば、最早青白い。 背中から抱き込むようにして、その手を自身の両手で包んだ。 衣服の冷たさに眉を顰めて耐え凌げば、じんわりと互いの体温が感じられる。 見下ろす首から肩にかけての、新雪のような肌に、ふと、己が昨夜刻んだ華の残像が浮かぶ。 そして一気に、情事の最中の艶姿まで思い描いてしまい、自嘲の溜息を吐いた。 盛りのついた犬じゃあるまいし。
「ひ、土方さん……あの、風邪をひいてしまいます。私、火鉢を持ってきますから」
布団を掛けて、まだ寝ていてください。 少し苦しげに振り向き、千鶴はふわりと無垢に微笑んだ。 己が咲かせた幼い花は、艶めくには未だ至らないようで。
「随分と余裕じゃねぇか」 「え?」 「昨夜程度なら、問題ねぇんだろ?」
苦笑を刻んだ唇を、意地の悪いものに変えて、土方は千鶴の耳朶を食む。 びくっと震える肩を逃がさないよう、捕らえたまま、甘く囁く。
「火鉢なんぞより、もっといい暖の取り方……教えてやったろう」
顔を見ながら言われていれば、きっと腰が砕けてしまっただろう。 千鶴は、ぞっとするほど妖艶な土方の声に、真っ赤になって俯いた。
「あ、の……でも、もうじき朝ですし」 「構わねぇさ」
耳に直接吹き込まれる声は、まるで媚薬のように、覚えたばかりの感覚を呼び起こす。 じんと背筋を走る疼きが手に取るように解って、土方は満足げに笑った。
「それとも……嫌なのか?」
俺が触れるのは嫌か。 わざと煽るように聞けば、千鶴は素直に首を横に振る。
「……じゃあ、いいのか?」
意地悪く質問すると、今度は恥じらって答えない。 そんな一挙一動までも愛おしくて、土方は千鶴に気付かれないように笑う。
「言わなきゃわからねぇぞ」
どっちだ、と追い詰めるように問いながら、そっと白い首筋に唇を落とした。 その瞬間、千鶴が陥落したのがはっきりとわかった。 小さく吐息を零し、胸の前できつく羽織を掴んでた手を緩めだから。
「……いい、です」
千鶴の答えを合図に、寝台に組み敷いて唇を重ねた。 触れ合う部分から体温が伝わる。 温かな安らぎ。
だが、今欲しいのはその程度じゃない。
奪うように深める接吻に、必死に応える千鶴を、殊更に翻弄する。 いっそ溺れて溶けてしまえとばかりに攻め立てる土方の背に、千鶴が爪を立てて縋った。 僅かな痛みさえ、心地よい。
「……もっとだ」
強請る土方に、千鶴は言葉を返せない。 朱に染まる肌。しなる身体を見下ろして、土方は凄絶に微笑んだ。
お前の熱が、まだ足りない。