甘えたいのに甘えられない/甘えていいですか

だって、アンタは強いから。
ホントはアタシなんかよりずっと強いんだから。
いいでしょ?


山崎が薄らと覚醒したのは、障子を開ける音に続いて、聞き馴染んだ声がしたから。
「山崎さん、まだ寝てますか?」
起きようかとも思ったが、身体が重く、ひどく億劫で答えないまま横になっていると、瞼の裏に影が差し、柔らかな手が額に触れた。 指先がひやりと冷たくて心地よい。
「あ、山崎さん。起きてますね」
ふと緩んだ唇に、鈴花が拗ねた口調で笑う。 そうして零れる笑い声は名が示すままの可憐な響きで、やはり少女なのだと今更納得する。 山崎は、どこかまだ気だるさが抜けない動作で、鈴花の手に自身の手を重ねた。
「……アンタの手、冷たいのね。冷え性?」
本調子ではない所為か、ずっと眠っていた所為かも知れない。 かすれた声でからかうように言った山崎に、鈴花は呆れたように溜息を吐き、眉尻を下げて微笑んだ。
「山崎さんが熱出してる所為ですよ。銃創は、後から熱を持ちやすいんだそうです」 「……ああ、そういえば」
痛み止めか麻酔でも使ったのだろうか、今は感覚が鈍い腹部に目線を向ける。 腿と脇腹を撃たれて、そのまま死んでいても不思議ではなかった。 けれど。
「アンタは、怪我してないの? 大丈夫だった?」
鈴花が、戦場を一人駆けてくれたから。 援軍は間に合い、自分も命を拾ったのだと。 思い出して、勇ましい少女の身を案じると、鈴花はあっけらかんと笑う。
「はい! 私、悪運だけは強いみたいです。銃弾は一発も、掠りもしませんでしたよ」 「まったく、暢気なんだから……」
でも、よかったわ。 そう言って表情を和らげた山崎に、鈴花はほっと息をついた。 瞬間。
「それで、勇ちゃんたちは……?」
投げられた問いに、思わず身体が強張った。 離れようとしていた手が不自然に緊張したのに気付き、それだけで山崎は悟る。
「……逝っちゃったのね」
ああ、隠せないな。 鈴花は泣きそうになりながら、力を抜いた。 せめてもう少し傷が癒えるまでは、聞かせたくなかった事実を、けれど伝えないわけにはいかなくて。
「近藤さんは、一人投降して……先日、斬首に処されました」
残酷な現実に、山崎は目を伏せた。 きっと泣いてしまう、と鈴花は思ったが、山崎は続きを促す。
「永倉さんと原田さんは、新撰組を離脱したそうです。斉藤さんも、会津に残り……土方さんは仙台へ向かうと」 「……そう……みんな、散り散りになっちゃった、ってわけね」
額に留めたままだった鈴花の手ごと、山崎が目元を覆った。 指先に触れた温かい雫。 鈴花自身も、泣きそうだった。
「駄目」
不意に腕を引かれて、鈴花は山崎の胸に倒れこむ。 予測していてさえ衝撃で鈍く痛みを訴える傷に、苦痛の声が漏れた。 その声で、慌てて起き上がろうとする鈴花を抱きしめて、山崎が涙声で言う。
「アンタには……アタシがいるじゃない」
いつかも聞いた、よくわからない屁理屈。 泣くな、と山崎は言いたいのだ。 私だって仲間を失って辛いのに、ひどい人。 そう思いながらも、必死に涙を堪える鈴花の頭を撫でながら。
「アンタは泣かないでよ……アタシが生きてるんだから」
優しい仕草で、けれど言葉は懇願ですらあった。 縋るように背中を抱いて、あるいは泣き顔を見せたくなかったのかも知れない。 ずっと鈴花の髪に触れたまま、山崎は声を上げて泣いた。
「……山崎さんにだって、私がいるじゃないですか」
なのに、なんてずるい人。 そんな風に甘えられたら、私は泣けないのに。 きっと聞こえないだろう程に小さな声で、鈴花は涙を堪えて呟いた。
鈴花には解らない。 たとえかつての仲間の為でも、自分以外の男の為の涙を見たくない。 そんな山崎の、独占欲に満ちた甘えを。