今日も、明日も、明後日も

来月、来年、来世でだって。
僕は君を愛してる。


苦しげな咳が続く。その時が近づいていると、明確な言葉にせずとも、二人は気付いていた。 だからこそ言葉にしたくなかったのかも知れない。 千鶴は、薬を溶いた白湯を置いて、そっと沖田の背を撫ぜる。
「あり、がと」
切れ切れに言いながら、沖田が苦悶を押し隠して微笑んだ。 その笑みが苦しくて、そんな顔をして欲しくなくて、千鶴は無理に笑みを作って首を横に振る。
「無理しないで、ください」
どんなに繕おうとしても、いつまで経っても嘘が下手な子だな。 沖田はこんな状況でさえ苦笑した。 途端に、胸が潰れそうな痛みが襲い、またも咳き込む。
「……もう、大丈夫だよ」
しばらく続いた咳以外の音のしない沈黙を破り、沖田がゆっくりと息を吐いた。 確かにその声もずいぶんと落ち着いた様子で、千鶴は安堵する。 そしてふと思い出し、すっかり冷めてしまった薬湯を差し出した。
「一応、飲んでおいてくださいね」 「……そうだね。ありがとう」
咳き込み過ぎて炎症を起こしたような喉に、冷たい薬湯は心地よい。 沖田が、時間をかけて全て飲み干すのを見守り、ようやく千鶴の瞳が和らいだ。
「千鶴」
空になった湯飲みを下げようとした千鶴の手を掴み、引き寄せた。 体勢を崩し、倒れこんだ千鶴の身体を支えようとして、その重みすら受け止められず布団に倒れる。 我ながら、なんとも格好の付かない事だと自嘲が浮かぶ。
「総司さん!? 大丈夫ですか……?」
慌てて起き上がろうとする千鶴を、胸に抱きこんだ。 確かに少しばかり重いが、今はその重さと温もりが愛しい。
「千鶴、このままで聞いて」 「……はい」
沖田の声が、真剣な響きを含んでいるのに気付き、千鶴は軽く下唇を噛んだ。 出来るならば、聞きたくない。言わないで欲しい。 けれど沖田が望んでいるから、千鶴には拒否することなど出来るはずもない。
「……気付いてると思うけど、僕は、もう長くない」
びくりと、千鶴が肩を震わせる。 きっと君を泣かせてしまう。ごめんね。 着物に縋る千鶴の手に自分の手を重ね、声なく詫びた。
「だから、一つお願いがあるんだ」 「……お願い」
鸚鵡返しに呟き、千鶴がじっと沖田の顔を見つめる。 いつまで経っても、そういう幼い仕草が消えない。 まるで出会ったばかりの頃のような表情に、自然沖田も笑みが浮かぶ。
「そう、お願い。……絶対に後を追わないで」 「……え」
一瞬、目を丸くした千鶴は、言葉の意味を理解して、まるで置き去りにされた子供のように表情を歪めた。 置いて行かないで、と泣き出しそうな。 そんな顔をするとわかっていたけれど、いざ見せられると辛いものがある。 でもね。
「後悔しないで生きてくれないと、僕と一緒に生きた時間が無駄だったことになっちゃうから」 「あ」
僕を選んでしまったのは君。僕を望んでくれたのも君。 いつか死ぬのは、誰だって当たり前のこと。 僕のほうが先に死ぬのだって、わかっていたこと。 だから。
「君は君の生を全うするって、約束して欲しいんだ。……出来るよね?」
千鶴は、沖田の胸に頬を寄せて何度も頷いた。 そっと髪を撫でる手が、温かくて涙が止まらない。 とくん、とくん、と音がする。生きている音がする。 この音を覚えておこう、と千鶴は思った。
「約束します。私は、たとえ総司さんが先に逝ってしまっても、私が生きれるだけ……生きていきます」
だって、あなたが愛してくれたから。 泣きながら微笑んだ千鶴は、今まで見たどんな顔よりも美しくて。 沖田は困ったように笑う。
ずるいなぁ、その顔。 接吻もそれ以上も、今じゃ、僕からは出来ないのに。
「ねぇ、千鶴。接吻して?」
沖田が強請ると、千鶴は僅かに恥じらい、それでも望むとおりに唇を触れ合わせた。 重なる唇の温度も、柔らかな感触も、零れる吐息も。 忘れない。

もしも、僕のこの身が滅んでも。 たとえばいつか、生まれ変わったとしても。