もう、君が居ないといられない

いつからか。戦場を駆ける時にも、隣になくてはならない存在となっていた。
最初は、危なっかしくて見ていられなかったと言うのに。
本当に不意に、気付いた時には背を任せられるほどに強くなっていた。
同じ新撰組の隊士として、剣士として、共に歩んでいけると。
思ったのも嘘ではない。

「どうかしたんですか? 斉藤さん」
あの頃よりも少し伸びた髪を肩に滑らせ、鈴花が顔を覗き込む。 明るい琥珀の瞳が真っ直ぐに己を映していることに、斉藤は口元を緩めた。
「いや、少し感慨深いと思っていただけだ。それよりも……鈴花」 「は、はい?」
すぐに真顔に戻って名を呼ばれ、鈴花は反射的に背筋を伸ばしてしまう。 しかしきょとんとした表情は些か平和ボケしたようにも見受けられる。 と思い、斉藤は即座に思い直した。 以前から、戦時以外はいつでも平和ボケしているようなものだった、と。
「あの……なんでしょうか?」
恐る恐る尋ねた鈴花の頬に手のひらを添えて視線を合わせた。 もう顔を合わせてから何年も経つと言うのに、鈴花の印象はあどけない、無垢な少女のまま、変わっていない。 最も、変わろうと変わるまいと、鈴花への想いには何の変わりもないだろうが。 自分の顔を見たきり黙り込まれ、さすがにむず痒くなった鈴花が、仕返しとばかりに手を伸ばして斉藤の頬を軽く抓った。
「ん? なんだ?」 「それはこっちの台詞ですよ。一体どうしたんですか? 斉藤さん」
熱でもあるんですか?と気遣わしげに名を呼ぶ鈴花の声を遮って、斉藤が呟く。
「それだ」 「……はい?」 「だから……その、斉藤さん、というやつだ」
端的な言葉を重ねることの多い斉藤の意図は、鈴花にはまだ理解に苦しむもので、今回もまたそうだった。 が、声色から察するには、どうやら不服であるらしい。 首を傾げて眉間に皺を寄せ、必死に考えているのだろうが、どうにも鈍い鈴花に、斉藤が口を開く。
「鈴花」 「はい」 「……だから」 「……はい」
斉藤が大きく溜息を吐いた。 いえ、あの、溜息を吐きたいのは私もなんですけど。と思いながら仕方ないなと肩を落とした鈴花の耳に、拗ねたような声が届いた。
「一だ」 「……え?」
二度は言わないとばかりに目を逸らした斉藤の、頬が少し、赤い。 え、まさか、ひょっとして。
「……は、はじめ、さん?」
伺うようにそう口にした瞬間、斉藤が鈴花に顔を向けた。 それはそれは嬉しそうな、とても珍しい満面の笑みで。
「ああ」
まいった。この人には、本当に。 鈴花は照れくさいような、それでいて飛び跳ねたいくらい嬉しいような、苦笑を浮かべた。 気難しいようでいて、実は驚くほど単純すぎて、やっぱり難しい人。
「鈴花」
と、今度は何かを強請るような声で名を呼ぶ。 困った人だなと呆れながら、けれど今度は鈴花も満面の笑みで答えた。
「はい。なんですか? 一さん」
望んだ以上の答えに、斉藤はきつく鈴花を抱きしめた。 温かい。体温だけでなく、笑顔が、声が。全てが温かい。 腕の中でくすくすと笑う鈴花が愛しくて、斉藤は腕に力を込める。
「一さん、苦しいです」 「あ……すまない」
困ったように訴える声で、ようやく力を緩めると、腕の中から鈴花が斉藤の顔を見上げて、また笑った。 安心しきった、それこそあどけない表情で。でも、幸せです、と。
「……お前は……」 「はい、なんです?」 「いや……お前が悪い」
言葉をかけると、次は何を言われるのかと、目を丸くして続きを待つ顔がまた可愛くて。 斉藤は、笑いながら再びきつく鈴花を抱きしめた。
「ちょ、斉藤さん!? 私が悪いってなんですか!? って言うか、苦しいですってば!」 「斉藤さん?」 「もー、はじめさんっ!!」
腕の中でもがく鈴花が、思わず元の呼び方に戻ったのを耳に留め、わざと意地悪く聞き返せば、照れて困ったように大きく呼び直す。 その鮮やかな声や言葉の一つ一つが、斉藤にとってかけがえのない宝になっていく。
「鈴花、愛している」
ふと腕を緩めて囁いた途端、鈴花がぴたりと大人しくなる。 恥じらうように斉藤の胸に額を押し付け、えと、その、と口ごもり、意を決して顔を上げた。
「わ、私も……愛してますっ」
熟れた果実よりも赤い顔に、潤んだ瞳に、綻ぶ笑みに。斉藤はまた恋をする。
もう俺は、お前なしではいられない。 そう思うほど、お前に惚れている。
と告げた斉藤に、鈴花もまた恋に落ちる。