君と居ると、弱くなっていくようだ

本当は、こんな情けない姿を、見せたくはないのだけど。
ああ、それでもあなたは、どんな僕でも受け入れてくれるんでしょうね。

「沖田さん! 起きていて大丈夫なんですか?」
縁側に腰掛けて、流れる雲を眺めていると、板張りの床を鳴らしながら鈴花が駆け寄ってきた。 手には食膳と、見慣れた薬。沖田は意図的に視線を外し、鈴花に微笑む。
「ええ。今日はとても調子がいいんです。せっかくこんないい天気ですし。たまには日向ぼっこもいいかなぁと思って」 「そうですか。……それじゃあ、今日はここでお食事を取られますか?」
心配そうに目を伏せたのは僅かの間で、すぐに鈴花は笑みを浮かべた。 今まさに浴びている、この日差しのような。温かな笑顔。心まで温かくなる。
「いいんですか? ぜひ、そうしたいですね」 「わかりました。あ、でも……」
ふと気付いた鈴花が食膳を置いて部屋へ入り、すぐに戻ってくる。手に、薄く綿の入った羽織を持って。 沖田の肩に羽織を掛け、柔らかく笑む。
「風は冷たいんですから、上着くらいはちゃんと着てくださいね」 「……ありがとうございます」
ほんの小さなことでさえ、彼女に思われていると実感する。けれど同時に、そうさせてしまう自分の不甲斐なさに胸が痛む。 沖田が羽織に腕を通している間に、鈴花は座布団を持ってきて、白湯を冷まし、すぐに食事できる用意を整えていた。 当然のように、沖田の分だけ。わかっていて、沖田はじっと鈴花を見つめた。
「あなたは、もう食べてしまいましたか?」 「え? いえ、まだですけど」
戸惑いながら答える鈴花に、よかったと笑って言葉を続ける。
「それじゃ、一緒に食べましょう」
甘えている、と沖田自身、思う。彼女はきっと拒絶しないと知っていて、困らせている。 事実、鈴花は眉尻を下げて微笑んだ。
「じゃあ、すぐに自分の分を持ってきますから。沖田さんは先に食べていてくださいね」
そう言い置いて、鈴花は軽やかに床を鳴らして駆けていった。 ぼう、と鈴花の背中を見送り、自分の前に置かれた膳に視線を落とすが、正直言って食欲などない。 剣を握れなくなってから、それこそ欲なんてものがなくなった。唯一、彼女を除いて。 剣士じゃない自分は自分じゃない。と呟けば、沖田さんは今も昔も沖田さんです、なんて泣きそうな笑顔で言った。 空気感染すると知って近づくなと言えば、労咳が移るより、沖田さんの傍に居られない方が辛いと本気で泣いた。 愛しい女性。全身全霊で愛してくれる、かけがえのない人。 死ぬ事なんて怖くなかったのに、あなたがきっと泣くから、死にたくないと願った。 少しでも長く、傍にいたいと。
ぐ、と胸が詰まり、激しく咳き込む。口を押さえる手から、赤が零れる。
「沖田さんっ!!」
がしゃんと乱暴に食膳を置いて、鈴花が駆け寄ってくる。背をさする手が温かい。 そんな顔をしないでください。大丈夫。大丈夫だから。 そう言いたくても、収まらぬ咳に阻まれて声も出せない。
沖田の咳が止まるまで、鈴花はずっと背をさすり続けた。 吐いた血を拭い、すっかり冷たくなった湯冷ましで口を濯いで、ようやく沖田は笑みを作る。
「ごめんなさい。心配かけて……でも、もう大丈夫ですよ」
まだ心配そうな表情をみせつつも、鈴花はほっと息を吐いた。 よかった、とやわく微笑んで、沖田の食膳を見て手を伸ばす。
「先に食べていてくださいって言ったのに……すっかり冷めちゃいましたね」
温めてきます、と立ち上がろうとするのを掴んで止めた。 思いの外強い力で腕を掴まれ、鈴花は不思議な思いで沖田を見つめる。
「行かないで、ください」
零れたのは弱々しい言葉。大丈夫、と言ったその口で、みっともないなと自嘲する。 けれど、すぐに手を離せそうもないのも事実。沖田は強く腕を引き、鈴花を抱きしめた。
「どこにも行かないで。僕の傍にいてください」 「……大丈夫です。私は沖田さんの傍にいます。ずっと……」
鈴花の腕が背中に回される。与えられる温もりに、縋って、沖田は涙を落とした。 ああ、泣くつもりなんてなかったのに。あなたに泣き顔なんて見せたくないのに。 そう思いながら、反面、喜びも覚えていた。
そっと横たわらせると、目が合って、鈴花は目を泳がせながら問う。
「あ、あの……沖田さん?」
何を?と尋ねるその顔は、仄かな朱に染まっている。 わかっているんでしょう。と囁けば、更に朱が深まった。
「で、でも……こんな場所で」 「じゃあ、部屋に行きますか?」 「え、えっと……あ、お昼ご飯」 「後で食べます。今はそれよりも」
あなたが欲しい。 躊躇する鈴花の言葉に、ひとつひとつ答えながら帯を解いた。
拒まないあなたに甘えている。わかっているのに。 あなたといると、僕は弱くなってしまうようです。