僕に愛をくれた君に捧ぐ

僕に残された全てを。君に。

沖田は、千鶴と二人で暮らし始めた家の、先日直したばかりの縁側に腰掛けて、夜空を見上げた。
月が白く輝いている。まるで自分のようだ。と思う。
太陽の光がなければ輝けない、月。かつての自分にとっての太陽は、近藤だった。
その近藤が死んだと聞いたときの喪失感は、確かに大きかっただろう。

だが。沖田は近づいてくる気配に気付いて振り向いた。

「お月見ですか?」

純粋な笑みを見せる千鶴に、淡く微笑み、無言で己の隣を叩く。
座るようにと促されていると察し、千鶴は沖田に寄り添うように縁側に腰を下ろした。

「今ね、考えていたんだ」
「……」

ぽつりと空を見上げて呟けば、千鶴は過去を思って項垂れる。
悲しい記憶を反芻するような自虐的な嗜好はないんだけどなぁ、と口角を上げて、沖田は千鶴の頬に手を添えて顔を見合わせた。

「君のことを、考えていたんだよ」

いつの間にか、自分にとっての太陽になってしまっていた少女。
からかえば真っ赤になって黙り込み、冷たくすれば瞳に涙を浮かべて。それでも何度でも微笑んだ。
羅刹の吸血衝動に苦しんだときには、躊躇いなく血を差し出した。
たとえ鬼だろうと、その驚異的な治癒能力以外には特異なことなど何もない、ただの女の子。
なのに。いつだって必死になって、身体を張ってまで、自分についてきた。

「君は、どうして僕を選んでしまったんだろうね」

思わず零れた言葉に、千鶴が一瞬、目を見開いた。そして、すぐに微笑む。
腕を伸ばして、沖田の頭を抱くようにして顔を近づけ、囁く。

「沖田さんが、沖田さんだったから、ですよ」

きっとね。そう言って、悪戯っぽく笑う顔が、ああ、なんて眩しい。
君に会うまで、君に惹かれるまで、知らなかった。
自分がこんな風に、たった一人の女を想うことができるなんて。

「私だって、沖田さんに聞きたいです。……どうして、私を選んでくれたんですか?」

少しばかり唇を尖らせて、けれど甘えた声音で千鶴は尋ねる。
可愛い情人が強請る我儘に、沖田は笑み崩れた。
そうだね。他に答えようがない。

「君が君だったから、だよ。……君じゃなきゃ、選ばなかった」

望んだ言葉以上の、真摯な想いを乗せた視線に、千鶴の視界が歪んだ。
どうして、あなたは。そんなに私を喜ばせるような事ばかり言ってくれるんですか。
沖田の肩に顔を押し付け、きつく縋る。肩を濡らす温かな雫に気付き、沖田はそっと千鶴の髪を撫でる。

いつまでも、そうしていたいと二人願った。
けれど。

「好き、です。沖田さん」

と、千鶴が小さく零した言葉を聞き咎め、沖田は千鶴の顔を上げさせる。
泣きはらした目元にそっと口付けを落として、常よりも低い艶めいた声で囁いた。

「ねぇ……僕たちは、もう夫婦になったんだよね?」
「え、あ、えっと…………はい」

はにかみながらもぽっと花咲くように微笑む様も愛らしい。
千鶴の額に、頬に、口付けながら、沖田は続けた。

「沖田さん、じゃおかしいよね」

恥じらうのが解っていて、だからこそどことなく追い詰めるような悪戯な笑みで。
かけられた言葉の意味に気付き、千鶴の顔が朱に染まる。

「ねぇ……千鶴。呼んでくれないの?」

駄目押しの一言に落とされて、千鶴は視線を彷徨わせながら、震える唇で名前を呼んだ。

「こっちを向いて、ちゃんと顔を見て」

幾度触れても、未だ慣れずに恥じらう少女の頬を両手で包み、視線を合わせる。
澄んだ瞳に映る自分の姿に、何故だか少し、こちらまで気恥ずかしくなった。

「千鶴。愛してるよ」
「総司、さん。私も、です」

愛を紡ぐと、心底嬉しそうに、幸せそうに、微笑んだ。
胸にこみ上げる想いを抑えられず、否、抑える必要もなく、沖田は千鶴の唇を奪う。

「愛してます」

離れた唇が生み出した、甘美な音色に今度こそ堪えきれずに、沖田は千鶴を組み敷いた。

奪っているつもりで、本当は与えられているのだろう。惜しみない、無償の愛を。
どうすれば、君がくれた愛に報いるだけのものを返せるか、わからない。

だから、せめて。君に捧げるよ。
僕に残された、時間も、心も、壊れかけたこの身体も。僕の全てを。
君だけに。