傍らで眠る、暖かな存在

肩を並べて戦場を駆け抜けてきた仲間は、いつからこんなに愛しい女になっていたのか。
己の腕に頭を乗せて、小さな寝息を立てる鈴花に冷えないようにと布団を掛け直してやりながら、新八は苦笑しつつ思いを馳せる。

「初めまして、桜庭鈴花と申します。性別に関わりなく、同じ新撰組の隊士として扱ってくださるよう、よろしくお願いします!」

そう言って深々と頭を下げた姿を、小さい癖していっちょ前によく吠える子犬のようだと思っていた。
実際、あんな小さな身体で新撰組の激務に耐えれると思ってもいなかったのに、予想外に鈴花はしっかりついてきた。
と言って男勝りなだけでもなく、案外女らしい気配りも出来るのだと気付いてからは、それこそ妹のように可愛がっているつもりだった。

「オメーもよぅ、年頃っていやぁそーなんだからよ。もーちょっと、ここらへんの肉付きとかなぁ」

などと成長途上の胸元に目を向ければ、頬を真っ赤に染めて噛み付いてきた。
目を吊り上げて怒る顔が、やはり子犬のようで可愛いものだと思っていたなど、未だに口にはしていない。
島原へ誘えば年頃の娘らしく腹を立てるのも、団子を買ってやれば嬉しそうに笑顔を見せるのも、妹分を可愛く思うだけなのだと、思っていた。
思おうとしていた、と言ったほうが今となっては正しいとわかるのだが。

そう、それこそいつからとも知れないうちに、鈴花の姿を目で追うのが当たり前になっていた。
島原で遊ぶのが妙に居心地悪くなって、ぱったり足を向けなくなったのも、その頃からか。

「あれ? 永倉さん、今日はまだ屯所にいたんですね」
「なんだよ、オメー。オレが屯所に居ちゃいけねーってのか?」
「そういうわけじゃありませんけど……意外と言うか……だって、この間給金もらったばかりだし、島原に行くんでしょう?」

少しばかり拗ねたように目を逸らして唇を尖らせる鈴花の様子は、まるで嫉妬でもしているようだ。
その表情を可愛いと思いながらも、居心地悪くなり、新八は誤魔化すように笑う。

「今日はいかねーよ。それよりオメーこそ、どうせ折角の非番も真面目に稽古なんだろ? オレが見てやってもいいぜ?」
「え、本当ですか!? ぜひ、お願いします!!」
「おお。任せとけ。がんばったら、あとで好きなもん奢ってやるよ」
「わ。絶対ですよ!? それなら、私がんばっちゃいます!」

零れるような満面の笑みを見るだけで、島原の芸妓や太夫と遊ぶよりも心が満たされた。
それ以上を望む気持ちも当然ありはしたが、この頃はまだ飲み込んで、代わりに溜息を吐いてやり過ごした。


あの時の自分にさえ、自慢してやりたいくらいだ。と新八は笑う。
腕の中で、鈴花が身動ぎする。頬に張り付いた髪をそっと払ってやると、薄く目を開けた鈴花と視線が絡んだ。

「しんぱちさん」

完全に安心しきった、甘い声。幸せそうな、最高に綺麗な女の微笑み。
それらを独占しているのだという優越感に、新八は深く笑みを刻む。

「どうした? 鈴花」
「ゆめ、みてました」
「へぇ……どんな夢だ?」

聞き返してやると、鈴花は新八の胸に擦り寄って囁いた。

「新撰組の皆に、新八さんと一緒になりましたって報告したんです」

胸を突かれて、一瞬言葉に詰まった新八は、鈴花のいくらか伸びてきた髪を撫でながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「そうか。そりゃあ、みんなさぞ驚いてたろうなぁ」
「平助くんが一番驚いてましたよー。山南さんも、あんなに虚を突かれたような顔、初めて見ました」

本当に伝えてきたかのように、嬉しそうに、楽しそうに、笑いながら鈴花は話し続ける。
梅さんが悔しがってました。沖田さんは驚きもせず祝福してくれたんですよ。
山崎さんにやっとくっついたの、なんて言われたんですけど。
あ、斉藤さんいつもより目を見開いてたんですよ。あれってひょっとして、驚いてたのかな。
近藤さんも、本当に嬉しそうに、祝福してくれました。

「男の子が生まれたら勇ってつけるといいよ、なんて言ってたんですよー。冗談でしょうけど」
「はは。近藤さんらしいなぁ」

声は笑いながら、けれど二人は互いに顔を見ようとしない。

「土方さんからは、せいぜい二人で長生きしろって」
「あの人は祝いの言葉まで説教染みてんなぁ、ったく」

言い終える頃には、互いに涙声だった。鈴花を抱きしめる新八の腕に力が入る。

「言われなくたって、長生きするに決まってるじゃねーか。なぁ……鈴花」
「……はい」

決して忘れる事はないだろう。だが、二度と触れることのできない温もり。
失くした分だけ、いや、それ以上に。

この腕に掴んだ大切な命を守ると、目を閉じて誓った。二人、それぞれに。