正しい愛し方がわからない
だけど、そんな僕を選んでしまったのは、君の方。
供血行為の妙な高揚感の収まらぬまま、沖田は既に血の香りもしなくなった千鶴の手を離さない。
指を丁寧に舐め、手のひらから手首、傷つけた筈の腕を辿り、上目に千鶴の顔を伺う。
「あ、の……足りませんでしたか?」
淡い朱に染まる頬を隠すように顔を逸らしながら問われ、沖田は口の端を吊り上げた。
足りない。たしかに、そうかも知れないと。
「血は、十分だよ」
血は。じゃあ、それ以外?
何が足りないのかと小首を傾げた千鶴の頬を撫で、ぐっと引き寄せる。
「君が足りない。ねぇ、もっと頂戴?」
吐息が交わるほど近くで、目を細めて笑う。
それだけのことで、君は真っ赤になってしまうと知っているのに。
耳まで赤く色づいて、ああ、おいしそうだな。
「ひゃっ」
思うと同時に食んでいた。小さくて柔らかい耳たぶに、軽く歯を立てると、千鶴が微かに震えた。
けれど決して拒まない。その理由に気付いていて、何も言わない僕はひどい男だね。
くすくす笑うと、息がかかってくすぐったいのか、それ以上か、千鶴はその度に肩を揺らした。
「うん。おいしい。君は、どこもかしこも甘くて、いい匂いがするね」
「そ、そんな、こと……」
「あるんだよ」
「な、ないです」
「確かめた事あるの?」
「そ、それは……」
恥ずかしがって否定する言葉を、やんわりと追い詰めていく。
そう言われれば、実際確かめることなど出来ないのだから、黙ってしまうとわかっていて。
「今、こうして確かめてる僕が言うんだから、間違いないよ。ね?」
直接耳朶に吹き込むように囁くと、千鶴は身を硬くして、ようやく頷いた。
さぞ困った顔をしているだろう。見えなくても想像できて、自然笑みが浮かんでくる。
本当は、こんな風に触れるより前に、好きだなんて言葉を告げて、唇を寄せて、そんな当たり前のことが欲しいんだろうけど。
首筋に吸い付いて、白い肌に紅い花を咲かせた。
ごく小さく、かみ殺そうとしても漏れて聞こえる声ひとつに、満たされる。
「沖田、さん」
戸惑いがちに、千鶴が沖田の髪に指を絡ませた。
その動きにも止めようとする意図は見えない。むしろ、抱き寄せるように力が入る。
「うん。何?」
首に唇を這わせたまま問うと、吐息を零して千鶴が告げた。
「私で、沖田さんが満たされるなら……いくらでも、食べてください」
ああ、なんて強烈な殺し文句。
一瞬呆気に取られ、それから沖田は笑いながら顔を上げた。
「食べてください、なんて、意味わかってて言ってるの? いくら僕でも、加減してあげられなくなっちゃうよ」
赤い顔して、潤んだ瞳で、それでも千鶴は目を逸らさない。
「わかってます。それでも、いいです。……沖田さんになら」
血も、心も、体も。命だって。あなたになら奪われてもいい。
千鶴は、はにかみながらも、柔らかく微笑んだ。
「……馬鹿だよね、君って」
本当に、馬鹿だよ。もう、加減なんてしてあげられない。
畳の上に千鶴を押し倒しながら、沖田は複雑な笑みを浮かべた。
正しい愛し方なんて知らない。わからない。
だから、壊してしまいそうで、怖かった。なんて言ったら、君はなんて答えるのかな。