言い終わって自己嫌悪

蘇芳は、開け放たれた窓の外を仰ぎ見た。
清々しいほどの青空と、吹き抜ける風が心地良い、絶好の昼寝日和だ。
この狭い室でぎゃんぎゃん言い合う二人さえ居なければ、今すぐにでも眠れそうなほど。

「大体あんた、毎日毎日飽きもせずに何しに来てるわけ!? 意味解らないんだけど!
 生憎こちとら慣れない仕事がてんこ盛りなのよ! あんたの相手してる暇ないの!!」

わかってやれよ、お嬢さん。好きな子の顔なら毎日見たいに決まってるじゃん。
とは心の中だけで答えておく。

「その割には毎日きっちり四半刻の休憩は取ってるようで、随分余裕に見えるがな」

セーガってば、毎日来る時間はまちまちなのに、お嬢さんの行動はもれなく調査してるんだな。
気になるなら気になるって言えばいいのに。ま、それが言えりゃこんな歪んだ愛情表現してないか。
と、もちろん心の中だけで思っておく。

「休憩時間は作業効率の維持のためにも必要なのよ! 仕事を怠けてるわけじゃないわ!!」
「当然のことだろうが。お前がもし仕事を怠けてたら、俺が即座に降ろしてやってるよ」
「これまでもこれからも怠ける予定は一切ないから、清雅の手を煩わせることはありえないわよ。余計な心配ご苦労様!」
「その程度の仕事が俺の手を煩わせるわけないだろう。片手間で十分だから、それこそ遠慮しなくていいぜ」
「遠慮するに決まってるでしょ!!」
「普段はうっとおしいくらい図々しいのに、要らない時だけ謙虚で気持ち悪いな」
「うっとおしいのも図々しいのも気持ち悪いのも全部あんたの方よ!!!」

これがいがみ合いでさえなければ、相性抜群なんじゃなかろうか。
欠片もしようとは思わないが、万に一つも蘇芳が口を挟む隙などありもしない。
だが、と眉間に皺を寄せて、蘇芳は思った。
もし仮に。万に、いや億に一つでもこの二人が恋仲にでもなったとしたら。


「来てくれたのね、清雅! 逢いたかったわ」
「俺もだよ、秀麗。仕事は辛くないか? 少しでも辛くなったらいつでも言っていいんだぞ」
「ありがとう清雅。でも大丈夫よ。あなたと同じ職場に居られるんですもの」
「まったく、可愛いやつだな、お前は」
「そ、そんなことないわ……」
「そんなことあるだろ」
「……清雅」


うん。無理だわ。
自分で想像しておいて、蘇芳は砂を吐きそうになった。どう贔屓目に見ても別人だ。
清雅が恋人に向ける笑顔なんて、猫被ってたときの作り笑いにしか見えなくて裏がありそうで怖い。
そして、秀麗がその清雅に恋する乙女顔を見せるなんて、毒でも盛るつもりとしか思えない。
やっぱりこの二人は現状のひねくれた関係のままの方が平和なのかも知れない。
と、蘇芳は一人納得した。

瞬間。

「あんた、私に惚れてるんじゃないの!?」

という秀麗の爆弾発言が響き渡った。
直後の沈黙は僅かで、驚愕の叫びが続く。

「ええぇっ!?」

まさかの、お嬢さんから直球勝負!?
思わず驚いて声を上げたのは、だが、蘇芳だけだった。
目を丸くした蘇芳と、やけっぱちで愉快なことを口走った挙句人を指差したままの秀麗を眺め、当の清雅はにやりと笑う。
余裕さえ感じさせる、あの、彼を一番魅力的に見せる凄絶な笑みで、

「だったらどうする?」

とだけ言って、清雅は室を出て行った。


意外なほどあっさり、と蘇芳には思えた清雅の行動は、秀麗に壮絶な羞恥心を湧き上がらせていた。
戸の閉まる音をきっかけに、ぺたりと秀麗が座り込む。

「お、お嬢さん? どしたの?」

一応気遣って声をかけた蘇芳に、秀麗の泣き出しそうな赤い顔が向けられた。
さっきのセーガの反応なら、あるともないとも取れるし、さすがのお嬢さんでも照れたかな。
蘇芳はあの二人の関係を思えば、ぬるすぎる感想を抱いたが、

「私ってば……馬鹿よね!? そう思うでしょ、タンタン!!」

照れるなどという可愛らしい感情からでは到底出てこないだろう強い声が投げかけられた。
しかし蘇芳が口ごもり返答に惑った間にも既に秀麗は自身に対する言葉を続けている。

「いやー! もう、どう考えてもありえないに決まってるじゃない!! 何考えてあんなこと言ったのよ私!!」

ありえないに決まってるって、たとえ歪んでいるとしても、あんなに強烈に構ってくる男の感情に好意の欠片もないなんて言うほうがありえないんじゃないだろうか。

「絶対あいつ馬鹿にしてた!! ものすっごい馬鹿にされた!! 信じられない、私これじゃ本当に馬鹿じゃないの!!
 惚れてるとか間違っても言わないわよね!? 自分で!! しかも清雅に!!!」

全否定らしい。どこまでも報われない男心だ。
いや、そもそもセーガの態度からして報われようがないから仕方ないのか。
蘇芳が二人の複雑な関係に再び思いを馳せている間に言うだけ言って落ち着いたのか、それとも脱力したのか、ともかく秀麗はのろのろと椅子に座った。

「……仕事しましょ、タンタン」

覇気のない声は、まるで幽鬼のようで、蘇芳はびくっと肩を揺らした。
しかし、そんな蘇芳の様子にも気付かず、秀麗はゆるゆると筆を動かし始めていた。


時折溜息を吐いて、小さく「私の馬鹿ー」と呻きながら。