胸に降る雨

名ばかりの春。
風はまだ冷たくて、私は肩を震わせた。
綻び始めた桜色が、澄んだ空によく映える。
胸に飾られたちゃちな造花が、恥ずかしそうにうな垂れた。

「美咲! 卒業しても、友達だからね!!」

抱きついてきた、元クラスメイト。
涙に腫れた赤い目が、少し眩しくて。

「当たり前でしょ」

手にした筒で軽く小突いた。
そこかしこから聞こえてくる、涙交じりの別れの言葉。
酷く居心地悪くなる。

「メールするし、電話もする。それじゃ、またね!」

言い捨てて、逃げるように駆け出した。
実際、私は逃げたかった。
当たり前のように卒業に泣ける少女達の中にいられなくて。


風はまだ冷たいけれど、日差しは暑く感じるほどだ。
走って、走って、立ち止まったときには、背中が汗ばんでいた。
胸に飾られていたちゃちな造花は、すっかり俯いてしまっている。
私も身体ごと俯いて、私の影を見下ろした。

アスファルトの上にぽたりと落ちた一滴が、ちょうど私の影の胸のあたりで。
零れたのは影なのに、胸の内に沁みた気がした。

「もう……会えないんだ」

呟いた一言で、やっと実感できた。
私は今日、高校を卒業した。
そしてもう通うことがないという事を。


当たり前の日常が、変わってしまう。
変わらなければいけない。

それが卒業するという事なんだ。


ぱたぱたと、影の中だけ雨が降る。
背中は、春の日差しで暑いくらい。

なのに。

私の影の胸にだけ。
季節外れの雨が降った。