遠い場所

見上げた空に、白い姿。
風を切り、雲の果てまでも飛んで行く。
空を守る宿命を持つ一族。
そのための翼。

俺は海沿いの崖に立ち、白い群れに手を振った。 ひらりと、群れを離れた一つ。 青い空。青い海。眩しい太陽に、煌く金色。 白くたっぷりとした布を纏い、純白の翼を背負う少年。 俺と、ちょうど同じ年頃の。
「コウ! 久しぶりだね……元気だった?」
金の瞳が喜色を見せる。 とんと軽やかに足を地に着けた。 揺れる長い金髪は、首の後ろで一つに結われている。 そこにいるだけで場を明るく感じさせる。
「ああ。久しぶりだな、セン」
天使。 そう呼ばれる種族。 神の使いだと言う説もあるらしいが、本人が否定した。 曰く、人間の亜種。 渡り鳥に似た生活をしていると聞いた。 そして今日は、一年ぶりの再会。
「やっぱりここに立つと、帰ってきた気がするよ」
翼を小さく畳み、草の上に腰を下ろす。 隣に座って、同じように海と空の青い景色を眺める。 雲の白。無数の白い翼。 ばさりと音がした。 横へ視線を向ければ、翼を大きく伸ばすセンの姿。 目の前で舞った純白の羽根を手に取った。
「んー、いい風」
飛びたい、と。 ごく自然に言う。 その度に、俺は思い知らされる。 同じ人間だとしても、センと俺は違う。 まさに、住む場所が違うのだと。
「……行ってこいよ」
大きな、金の瞳が瞬いた。 そしてそれは満面の笑みに変わる。 頷き、センは立ち上がる。 崖の先に躊躇いなく駆け出し、翼を羽ばたかせた。 風に守られるように、ぐんと上昇する。 どんどん小さくなる姿。
残酷な距離。 飛べない俺は、ただ見上げる。 届かない。 遠い場所を。