卒業から始めよう

気の早い桜が、花びらを散らす。
散り急ぐ姿は潔いのか、悲しいのか。
僕の手の中に落ちて来た一片を、一緒に掴む。
閉じ込めたのは、第二ボタンだったもの。
彼女はきっと来ないだろう。
三年前もそうだった。
あの時のボタンは、家の引き出しの中。
このボタンも、今日からそこが居場所になる。

「先輩! あの……もし良かったら、第二ボタンをくれませんか?」
唐突に僕に向けられた言葉。 声の方を振り向くと、彼女のクラスメイトの女の子。 名前も覚えていない。 僕は薄く笑みを浮かべる。
「ごめんね。売約済みなんだ」
トンと指先で胸元を示した。 抜けたボタンは手の中だけど、それは言わない。 女の子は俯き、泣きそうな笑顔で僕を見上げた。
「わかりました。ありがとうございます。あの……せめて、記念に……」
言いかけた言葉が涙に呑まれる。 僕より小さなこの女の子が、どれだけの勇気を振り絞って声を掛けたのか。 そんな簡単で難しいことに今更気付いた。
「……ありがとう」
弾かれたように顔を上げる女の子の目の前で、手首のボタンを引き千切る。 差し出したそれを受け取り、女の子は駆けて行った。 背中をしばらく見送って、僕はずっと握っていた手を開く。 変色した花びらを落とした。 息を吐きかけボタンを磨く。 もう一度、今度はそっと包み込む。 抱き続けた想いと一緒に、大切に。
踵を返した僕の目に、立ち尽くす彼女の姿が映る。 どこに居ても、すぐに見つける。 待っていても変わらないなら、僕から行けばよかったね。 ダメだったら、きっと泣いてしまうけど。 目を丸くした彼女に差し出すボタンと、三年間も温めた言葉。
「君が好きだ」
泣き出した彼女を腕に閉じ込めた。 せっかちな桜は、悲しくも潔くもない。 きっと、ただ変えようとしただけだったんだ。 あと一押しの勇気をくれた。 あの子と桜に感謝する。 そして僕は彼女に告げた。

「卒業から、始めよう」