白きよき日に。

吐く息が白い。

もう三月も半ばに入ろうかという時期だと言うのに、 寒気が戻ったらしく、ちらほらと雪まで降っている。 私は、指先に息を吐き掛けた。 ここに立ち尽くして、十五分は経っただろう。 まだ、と言えるか。 もう、と言うべきか。 手袋を忘れたことを激しく後悔した。 それでも私が帰らないのには理由がある。
「……遅い」
ここで待ち合わせようと言った張本人を、 私は律儀に待っているのだ。 それと言うのも、今日この日付に意味がある。 と、思う。 先月の同じ日に、私は彼に想いを告げたのだ。 定番のチョコレートを添えて。 頷いてくれた時の嬉しさは、今でも胸を熱くする。 そして今日の待ち合わせ。 期待するのも当然だろう。 冷えた指先に、再度息を吐き掛ける。 気持ちはいつまででも待ちたいが、この寒さだ。 あと十分待って来なかったら、諦めよう。 風邪を引いては元も子もない。
「……まだ、かな」
早く来て欲しい。 彼の、あの笑顔が見たい。 何もいらないのだ。 彼が来てくれればそれだけで。
「……会いたい、よ」
強く手を握る。 祈るように、目を閉じた。 薄く積もり始めた雪を踏む音。 駆けてくる足音。 目を開くと、遠くに彼の姿が見えた。 ただそれだけで、ふわりと胸が温かくなる。 待たせてごめん。 そう言って彼が差し出した、チェックの紙袋。
「開けてもいい?」
私が聞くと、彼は嬉しそうに頷いた。 小振りの袋の中から出てきたのは、シンプルな手袋。 手首の部分に小さなモチーフが付いている。 私のことを考えて、探してくれたのだろう。
「……ありがとう」
だけど私は、それを上着のポケットにしまった。 首を傾げた彼の手を取る。
「今日はこっちがいいな」
顔を覗き込んで笑った私に、 彼は照れ臭そうに笑い返す。 繋いだ手が、とても温かい。 はらはらと舞う雪の中。 待ちぼうけの足跡を置き去りに、 二人並んで歩き出した。