エレイ

 いつからか降り始めた雪の中で、彼女は微笑んでいた。
 それが、彼女との最初で最後の邂逅だった…

ぼくの名は、エレイ。 そう呼ばれる。 年齢も、家族の事も、ぼくは知らない。 ただエレイと言う名だけが、ぼくが知る唯一のぼくの事。 ぼくはいつからか一人だった。 食事を与えられ。 着る物を与えられ。 寝床を与えられ。 それでも、ぼくはいつも一人だった。 誰もぼくを見ない。 誰もぼくを認めない。 ただ、存在するだけのぼく。 たった一人、ぼくを必要とする人がいる。 ぼくを生かしている人。 ぼくに何かを望んでいる人。 そして、ぼくにはそれしかない。
ぼくは、それにどんな意味があるのか知らない。 それの善悪を知らない。 あの人は、知る必要はないと言う。 だから、ぼくは知ろうとしない。
その日は、何故だかいつもと勝手が違った。 あの人だけでなく、大人が大勢来ていた。 皆、物珍しそうにぼくを見る。 そして何かを囁きあう。 ぼくには分からない。 その人たちが何を言っているのか。 そして、それにどんな意味があるのか。 あの人がぼくを呼んだ。 今日、この時の為にぼくは生かされていたのだと聞いた。 やるべき事は今までと同じ。 だからぼくは黙って頷いた。
ぼくは、ぼくを決して見ない身の回りの仕事をする女の人たちに飾り立てられた。 あの人はぼくの姿を満足そうに眺めて、ぼくを車に乗せた。 車は黒くて大きくて、とても静かに走った。
あの人に促されて車を降りたぼくは、とてもとても大きな建物に入った。 まわりには、黒くて綺麗な服を着た大人が大勢いた。 皆、やっぱり珍しそうにぼくを見る。
あの人がぼくにだけ聞こえるように囁いた。 あれがそうだと。 ぼくは、階段を降りてくるその人を見つめた。 その人は、とても綺麗だった。 白い服がよく似合っている。 少しだけ、悲しくなった。
あの人が言った。 追え、と。 見れば、その人は一人で外へ出るところだった。 言われるままに、その人を追いかけた。
いつのまにか、雪が降り始めていた。
その人は、ぼくに気付いて優しく微笑んだ。 それがあまりに綺麗で、ぼくは悲しくて仕方なくなった。 何も知らずに、その人はぼくに近づく。
あぁ…ぼくにはこれしかないのに…
かわいそうなその人に、ぼくは微笑んで見せた。 そうして、躊躇わずに撃った。 ぱすっと軽い音がする。 ―ぼくの手の中で。 白い雪の中、その人は倒れる。 とてもよく似合う、白い服の上に雪が積もり始める。 倒れたせいでなく、後頭部から朱い水たまりが広がっていく。 額に穿たれた小さな丸い穴。 もう動くはずはないその人の唇が、微かに動いた。
 …… ど う し て …
ぼくはドレスの隠しポケットに、手にしたサイレンサー付きの銃を収めた。 あの人が呼んでいる。 一歩進んで、ただなんとなく、振り返った。
訳なんてない。
だって… ぼくには、それしか、ない。

いつまでも  そう… きっと、永遠に…