「博多の辛子明太子」
インターホンが鳴って、母さんがドアを開ける。
そして聞こえてくる母さんより豪快な笑い声。
伯母さんだ。
私が挨拶しようと階段を下りると、従兄弟がいた。
日焼けした肌。真っ黒な髪。黒い目が、私を映す。
ちょっと、苦手。
「あ。ねーちゃん! ひさしぶりやねー。元気しちょった?」
「う……うん。そっちは、全然元気そうだね」
「はは。あったりまえたい」
三つ年下の従兄弟は、福岡訛りで快活に笑う。
この遠慮のなさが、私は苦手だ。
ただでさえ、男の子と話すのが苦手なのに。
「ねーちゃん、もう高校生やったっけ? 背はそげん伸びとらんっちゃね」
「男の子の方が伸びるの早いから、じゃないかな」
「あー。そっか。次会った時には、オレが追い越しちょるかも知れんばい」
「そうだろうね」
明るくて、眩しくて。困る。
去年会った時には、まだ見下ろせるくらいだった従兄弟が、同じくらいの目線で笑うから。
なんだか、ますます苦手意識が強くなる。
「そいや、ねーちゃんさー」
「ん……何?」
「彼氏とかおらんと?」
さらりと聞かれた質問に、私は一瞬目を丸くした。
まさか従兄弟にそんなことを聞かれる日が来るとは思っていなかったから。
と言うのもあるかも知れないけど、それ以上に。
「……いないよ。そっちこそ、彼女……とか」
そういう恋愛話とかに興味持つと思ってなかった。
……それもちょっと違う。とにかく動揺した。
「オレ? おらんよー。理想高いけん」
「そうなんだ。……理想って?」
いないと聞いてなんとなく、ほっとした。
けど、その話を掘り下げたのは、この流れで聞き返さないのも不自然だと思ったからで。
別に興味あるわけじゃない。断じてない。
「んー……まだ、教えん」
「え?」
まだ、と答える前にちらりと、従兄弟が私を見た。
それってどういう意味なの?
聞こうと思った私が口を開く前に、母さんの呼ぶ声が届いた。
それから、リビングで母さんたちと話をして、帰る時間まではあっと言う間だった。
いつもそう。苦手、だけどもう少し、と思ったところで帰ってしまう。
だから苦手意識がちっとも消せない。
気になる、のに。
無意識に向かっていた視線に、目が合って、従兄弟が笑った。
だんだん男っぽくなってきた顔で。
「また来るけん。オレのこと忘れんでね」
「わ、忘れないよ」
「よかったー。……さっきの話。来年、背越しとったら教えちゃるけん、それも覚えとって」
それ以上、何も聞き返せないうちに、従兄弟は去っていった。
見送った後の記憶がない。気づけば私は部屋のベッドに座って、ぼんやりしていて。
階下で母さんの呼ぶ声がしていた。
父さんも帰っていて、家族三人で食卓を囲む。
「お。福岡の姉さんが来てたのか」
「ええ。相変わらず元気そうだったわ」
ご飯茶碗片手に父さんが、質問と言うよりは確認みたいな聞き方をして。
母さんも楽しそうに答える。
二人の視線の先には、鮮やかな朱色の明太子。毎年同じ、福岡からのお土産。
来年が、今から待ち遠しいのは、別に明太子が好きだからじゃない。
……じゃあ、なんで?
自分に聞いても答えられなかった。