「午後のアップルティー」

二人の午後は、とてもとても贅沢な時間。

ほどよく晴れた日曜日。
開け放った窓から、心地よい風が吹き込んでくる。
私の好きなポップスを流しながらキッチンに立ち、彼はソファで雑誌を開く。

「あ、これ好き」
「……へぇ。初めて聞く」

耐熱ガラスのティーポットに少しのお湯を注いで、温めながらつま先でリズムを取る。
一度お湯を捨てて、お気に入りの紅茶を出した。
缶を開けると、フレーバーの甘い甘い、いい匂い。
思わずふんわり頬が緩む。

ティーポットに茶葉を散らして、たっぷりのお湯をゆっくり注ぐ。
くるくる、ふわふわ。無数の茶葉が、ポットの中で跳ね回る。
無色透明のお湯は、あっという間に溶け出す茶色でグラデーションに染められた。

ふたを閉めて、砂時計をひっくり返す。
そして、しばしの待ち時間。
ソファに目を向ければ、彼の文字を追う真剣な横顔がある。
とくん。あたたかくて優しい気持ちで、胸がそうっと跳ねた。

幸せを感じるのは、こんな時。

一緒に楽しいのも、もちろん好きだけど。
ただ、当たり前みたいに傍にいるのが。
奇跡みたいな幸せ。だから思うの。彼となら、きっと……って。

歌が終わって、慌てて砂時計に目をやると。
とっくに仕事を終えた砂たちは、さら、とも動かず私を見つめた。なんて、気のせいだけど。
ティーポットの中には、鮮やかに染まった紅茶色の波と、ゆらゆら揺れるやわらかな茶葉。

カップにもお湯を少し注いで温めて、もちろんお湯は捨ててから。
ティーストレーナーの上から、ティーポットの中身をカップに注ぐ。
立ち上る湯気は、優しく甘い香りを部屋中に振りまく。

「なんか……いい匂いがする」
「うん。紅茶淹れたの。私のお気に入り」

彼の声に緩む口元を押さえず振り向くと、優しい瞳で微笑んだ。
読みかけの雑誌をテーブルに置いて、彼が立ち上がる。
私を背中から包むように、ふわりと一瞬抱きしめられた。
ついでのように頬に唇が触れて、す、と離れる。

「ありがと」
「……ううん。私が、一緒に飲みたかっただけ、だから」
「そっか」

カップをテーブルに持っていく彼の背中。
買い置きのクッキーを持って追いかける。と言ってもソファまでの十数歩だけど。
当たり前に隣に座って、それぞれのタイミングでカップを傾ける。

「あー……これ、りんご?」
「ふふ。あたり」

クッキーをかじる。シンプルなバタークッキー。ちょっと甘い。
紅茶を一口。ストレートがちょうどいい。

「美味しい」

彼が笑って、そっと私の髪を撫でる。
その感触も、その声も、ただただ優しく、愛しさに満たされていて。

「よかった」

答えて、私は彼の肩にそっともたれた。
心地よい風が彼と私の髪と、紅茶の甘い香りを揺らして過ぎ去る。
彼は、カップを置いて再び雑誌を開いた。
うるさくない音量で、シャッフルしていたプレイヤーが私の好きなポップスを流す。
指先でリズムを取りながら、私は微笑みながら瞼を閉じた。



なんて贅沢な二人の午後。アップルティーに彩られて、体中を幸せが満たしていくみたい。