「初夏の枇杷」

橙色の丸い実を、たっぷり下げた枝を掴んだ。
見た目からじゃわからないけど、食べた私は知っている。

甘いよ。甘いよ。美味しいよ。

誘うみたいにゆらゆら揺れる。
もう一個、くらいなら。

「こらっ!」

びくっと肩をすくめた拍子に、枝が手を離れて派手に揺れた。
振り向いた私を笑う男の声。
なんてこと。こんな場面を見られるなんて。
悔しい。悔しい。
勝手にライバル視してるクラスメイトは、何がおかしいのか、まだ笑ってる。

「うるさいな。何がそんなにおかしいの?」
「お前がそんな子供っぽい顔すんの珍しいから」

不機嫌全開に睨んでやったのに、余裕綽々って感じ。
そんな目で見るな。気持ち悪い。居心地悪い。
背中を向けて、さっさとその場を立ち去ろうとした。

「あれ、もう食わねーの?」

うっかり振り返った私の目の前で、私がやるより軽々と枝を掴んで、また笑う。
子供っぽいのはどっちだ。ばか。
言ってやろうと思ったのに、実をもいで投げられたから、受け取るのに必死になった。

「ちょっと! 落ちたら勿体無いでしょ!?」
「食う気満々だな」

しまった。また笑われた。
悔しい、けど。

「お、すっげー熟れてる。いっただきまーす」

皮を剥いて、橙色の果肉をがぶり。
指に果汁が零れて、ああ、なんて甘そう。美味しそう。
だって、我慢できるわけない。
私はさっき投げ渡された実から、皮を剥いてかぶりついた。
やっぱり甘い。すごく、すごく。

「……美味しい」

食べられる果肉の部分が少なくて、種が大きいのがちょっと残念。
なるべくギリギリのところまで綺麗に食べて、肘まで果汁が垂れたのに気づいた。
ハンカチを出すのなんて面倒だし。
いいや。
舐めてしまえと思った私の腕を、掴まれた。

「へ?」

間抜けな声が出てしまった。けど、だって、仕方ないと思うんだ。だって。

「うん。美味い」

上目遣いで私を見てから、にやりと笑って肘にキスされた。
いや、その前に思いっきり舐められた。

なめられた。

「ひゃあああああ!!」

叫びながら全力で後ずさる。
あっさり離れた腕が、果汁とは違う感触でぺたぺたしてる気がする。

「ちょ、いま、何……」
「ん? 腕舐めた」
「言うなああああああ!!」

きっと多分顔が赤い。
妙に楽しそうに、嬉しそうに笑ってるのが悔しいというかなんと言うか。

「お前、そんな顔してた方がかわいいじゃん」
「知るかあああ!!」

律儀に手に持ったままだった種を投げつけて、私は走り出した。

枇杷は好きだ。大好きだ。
だけど……なんか。



当分、枇杷は食べれない。折角、今が旬なのに。