「雨を喜ぶあまがえる」

幼馴染はいつの間に、あまがえるに転職していたんだろう。
ざあざあと降りしきる雨の中、はしゃぐ少年を、私はものすごく遠い気持ちで眺めていた。
ポンチョ型の雨合羽は、ありえない黄緑色をしていて、水滴を気持ちよさそうに弾いている。
雨合羽と同じ色の、どう考えてもあまがえるを意識しすぎな黄緑色の長靴とのコーディネートに頭を抱えたくなった。

「あー! 今から帰り!? 一緒に帰ろー!!」

そんな大声で叫ばなくても聞こえてるっつーの。むしろ聞こえないフリをしたい。
が、思いっきり目が合ってる状態で無視するのはあんまりかと思いとどまった。

「……その、かえるスタイル止めるんなら一緒に帰ってやってもいいけど」

ぽん、と音を立てて私の趣味じゃない赤い大きな花柄の傘を開いて答えた。
のにお構いなしにヤツは私の隣に並んで歩き出す。
傘を叩く雨音は想像以上にやかましくて、一緒でもどうでもいいような気になった。
んだけど……ちょっと待て。近い。
ポンチョな雨合羽の端からジャンプする水滴が、私の足に飛び込んでくるじゃないか。

「いいじゃん、いいじゃん! どうせ同じ方向だしさー」

あまつさえヤツがぴょいとスキップすると水溜りの水も跳ねるし、雨粒も弾ける。
そして隣の私にびしばし向かってくる。

「濡れる。冷たい。離れろ」
「えー。冷たいのはそっちの態度じゃ〜ん」

拗ねた声を作ってみても、緩みきったその間抜けな笑顔のおかげでウザさ倍増するだけだ。
私は、傘を少し縮めてからヤツの方に傾けて開いた。

ぽん。
軽やかな音に続いて、ばらばらと水滴の跳ねる音が鳴る。

「ぎゃ」

今の角度なら顔面に食らったはずだ。ざまあみろ。
鼻を鳴らして笑った私の顔を、ヤツが覗き込んでいた。
にま〜っと三日月形に歪む口。やばい。
思ったときには遅かった。

「ぶは」

私の傘の中で、ヤツがたっぷり雨粒くっつけた雨合羽をばさばさと揺らす。
……これはあんまりじゃないか?

「お返し〜ぃ」
「……こっちのが被害甚大なんだけど」

何しろヤツは雨合羽装備の上だが、こっちは傘の中、つまり無防備な制服姿に直撃だったのだから。
不公平極まりないだろう。

「やられたら三倍返し。これ基本だよ〜?」

実にムカつく笑顔でぴょんぴょん跳ねる。
何でこの歳にもなって、雨の日をこんなに楽しめるのか、さっぱりわからない。

「明日も雨だといいね〜」
「よくない。晴れさせろ」
「無〜理〜」

くるくると黄緑色を翻す幼馴染のあまがえるを、私はちょっとだけ愉快な気持ちで眺めていた。



とりあえず、帰り着いたらクリーニング代を請求してやる。