「傷心のティラミス」

信じられない。信じられない。
頭の中をぐるぐる回るのは、ついさっきまで彼氏だった男の台詞。

「何が……”君って思ってたより普通でつまらない”……よ!!」

力いっぱいテーブルを叩くと、氷が溶けて三層に分離したアイスカフェオレが少し零れた。
店員さんに凝視された。けど、かまうもんか。
だって、私はたった今、この場所で失恋したんだから。

そう。失恋。

ホントは紅茶の方が好きだけど、彼が好きだったから珈琲に合わせてた。
服だって、可愛くってふわふわの方が好みだけど、彼は大人っぽかったから私も少し背伸びした。
べたべた甘えられるのは苦手だって知ってたから、ワガママだって言わなかった。
一生懸命がんばった恋だった。

なのに。

ぼろぼろと、涙が溢れ出す。頬を伝って黒いワンピースの膝にいっそう黒く染みていく。
ハンカチを出して拭くのさえ面倒くさいから、私は止まりそうにない涙を流したまま店員さんを呼んだ。
ものすごくびっくりした顔をされたけど、かまわないで注文する。
幸い、と言うかなんというか、店員さんは何も聞かず何も言わずに注文を受けてすぐに立ち去った。
対処に困っただけかも知れないけど。関係ない。

カフェオレなんて、大嫌い。おかげさまでトラウマ確定だ。
涙腺崩壊したみたいな私に似た、汗だくのグラスを煽る。
分離した元カフェオレは、本気で不味くて余計泣けてきた。

「お待たせしました。ごゆっくりどうぞ」

お決まりの台詞を添えて出されたティラミス。
彼と付き合い始めてから、これだけは本心で好きになった唯一つの真実。

だから、これで食べ納め。
彼に恋した時間と記憶と、この味を、店を出るときに置いていくから。



傷心のティラミスは、今まで食べたどれより苦くて、少ししょっぱかった。