「花咲く頃」

作:あやどりみつき 2019/08/07
碧:19 莉々:19

阿佐ヶ谷 碧(あさがや みどり)
18歳、女、生徒会長
一見堅物そうな印象を与える少女。

白石 莉々(しらいし りり)
16歳、女、園芸部
誰からも愛される容姿も人当たりもよい少女。



 碧(百合の花は、深い谷間に咲いてなお、その匂い立つ芳香で、人を誘うのだと言う。
   ……まるで、彼女のよう)

莉々(先輩と私の間に、接点なんてなかった。
   だけど……街で男の人に声を掛けられて困っていた私を助けてくれたから。
   私は先輩と出会えた。運命だったんだって、私は思ってる)

――蝉の声。

 碧「……白石さん。夏休みだと言うのに、園芸部の活動かしら?」
莉々「阿佐ヶ谷先輩。いえ、私の個人的な活動です。
   水遣りは早朝と夕方に、校務員さんがしてくださっているので。
   ……それと、先輩に会えるかと思って」(最後の一文のみ小声)
 碧「そう……。熱心なのはいいけれど、きちんと休憩した方がいいわ。
   時間が大丈夫なら、生徒会室でしばらく涼んでいく?
   どうせ、今日は私も一人だから。話相手になってくれると、嬉しいのだけれど」
莉々「……あ、はい。お邪魔でないなら、ぜひ!」

  ――グラスに飲み物を注ぐ音。

 碧(少し、鼓動が早いのを自覚していた。彼女と二人きりだと思うと、緊張して)

莉々(アイスティーをグラスに注ぐ先輩の、繊細な仕草に見惚れて、ため息が零れそうになる)

 碧「はい。……甘すぎたらごめんなさいね。私、実は甘党なの」
莉々「いえ。私も甘いの好きだから、大丈夫です」
 碧「そう? よかった」
莉々「……先輩は、高校最後の夏休み、ですよね。やっぱり受験勉強、大変ですか?」
 碧「え? ああ、そうね。高校最後の夏休みではあるけれど、実は私、受験はしないの。
   推薦が決まっているから。そういう意味では、気楽なものよ」
莉々「そうなんですか? じゃあ、誰か……彼氏、とかと遊びに行ったりは?」
 碧「彼氏なんて、いないわ」
莉々「先輩モテそうなのに。意外です」
 碧「そう思われていたことの方が、私にとっては意外よ」
莉々「それじゃあ、先輩は恋愛に興味とかって、ないんですか?」
 碧「……そんなことは、ないわ。ただ、臆病で……想いを伝えるのが、怖いだけ」
莉々「……あ。好きな人、いるんですね……」

 碧(どうして、私に好きな人がいると、あなたがそんな沈んだ表情をするの?
   期待を、してしまう。そんな都合のいい奇跡みたいなこと、あるはずがないのに)

莉々(俯いて、グラスを握り締めた私の手に、先輩の手が、触れた)

 碧「あなたが好き」
莉々「えっ?」
 碧「あなたが、私の好きな人、なの」
莉々「……うそ」
 碧「ごめんなさい、泣くほど嫌なら」
莉々「違うんです!嫌じゃなくて、逆で、嬉しくて……っ」
 碧「本当に? 世間的にみれば、普通じゃないのよ? 同性愛なんて」
莉々「関係ないです……阿佐ヶ谷先輩に、初めて会った時から、私もずっと……」
 碧「白石さん、ううん……莉々って、呼んでいい?」
莉々「はい、碧さん」
 碧「夢みたいだわ、この恋が実るなんて、思ったこともなかったから」

莉々(先輩の手が、私の手を持ち上げて。指先にキス、された)

 碧「……ありがとう、莉々。大好きよ」
莉々「わ、私も…大好き、です」

  ――蝉の声。

 碧(旬を迎えた百合の花が香る)

莉々(私と彼女の恋が、はじまる)